女将のご挨拶

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万葉集に

「遠つ人 まつらさよ姫夫(つま)恋に
ひれふりしよりおえる山の名」
…山上 憶良…

とありますように、唐津は日本最初の悲恋物語の地であり、
又、稲作文化が一番先に入ってきた大都会でした。

唐津は数々の譜代の大名が変わった城下町であります。
城下町の名残のある美しい町並み。
虹の松原の美しく豊かな自然。
茶器で有名な一楽、二萩、三唐津の唐津焼。
11月のまつり唐津くんちなど本当に魅力一杯の町です。

綿屋は唐津の中心にあり、観光にも便利です。
千坪の敷地に緑一杯の庭、春はつつじの園となります。

豪商の別邸を活かした純和風旅館で、
鶯、蝶、とんぼ、蝉が庭の中を飛び回り自然の中で、
お疲れをゆっくり癒して頂けると思います。
当館は明治9年に割烹「わたや」を創業しておりまして
料理の味、質、季節を大事にして、
心かようサービスを目指しております。

なお、平成15年12月より
からつ温泉「かぐや姫の湯」の掘削に成功しました。
高齢者にやさしい「シルバースター」の登録も合わせていたしました。
玄関前の樹齢150年の「槙の木」がお客様をお迎えしております。

綿屋の歴史 『由来』

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祖先の川添姓は松浦党の川副氏で 南朝時代 頼朝の南朝方につく 宇治川の戦いで手柄 尊氏より 佐賀郡川副町付近の領地をもらう。その後波多氏に仕え重橋城主川副左衛門尉監物は祖先で、その後江戸時代は唐津東松浦で3軒綿屋があり玄海町有浦付近で新綿を商いとしていたと伝わります。

綿屋の名は
1.江戸時代の綿屋からきた。
2.木綿町で商いをしていたから。などあります。
3.墓碑に綿屋某という名があり、それかも分かりません。

松浦史談会 末盧国 1978年昭和53年3月15日発行分に  
*田代政平”
穴獄炭鉱(伊万里大川町立川ワタエン谷)坑業人 田代政平は明治はじめから12年頃まで、出炭不振であったが、政平は一人鉱区を拡大 当時北波多村矢代町に小笠原長生らの開抗していたが閉抗となった矢代炭坑を明治26年下請の契約をし、出炭を始めた。翌年8月の日清戦争は炭価を暴騰させ、「雨がふるように金が入ってきた」というほどのものであった。現在の旅館綿屋は政平の住家として建てられたもので、また立川村の公共施設を私財を投じたため立川村に「田代政平碑」が建てられた。政平は大川野村立川、綿屋谷に生まれ矢代町炭坑で財をなし立川に銅御殿と呼ばれる邸宅、米蔵二棟を建てたと伝えられるが、現在は石垣が残るのみ。また明治26〜7年頃唐津大名小路に別荘豪邸を構えて世間をあっと言わせた。その豪邸も昭和8年頃以来旅館綿屋が譲り受けて今日に及ぶ。政平は後に満州に渡り大正5年 70歳で永眠。墓は立川にある。

綿屋の歴史 『創業130余年』

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川添茂兵衛が唐津市木綿町に料亭綿屋をおこし、客室数5、広間1で営業を開始。唐津町1975番1字内町(77の裏)
木綿町では魚屋、かまぼこや置屋 料亭を営んだ。地租改正が1873年(明治6年)に明治政府が行われ、当館明治9年の地券があり、先代からのいいつたえで明治9年創業とした。松浦史談会発行 末盧国では明治26〜7年頃唐津大名小路に別荘豪邸をとありますが、当館の資料では明治38年10月19日に田代政平氏が購入とあるので明治39年頃の建築と思われる。ちなみに「旧高取家住宅」は明治時代に肥前の炭鉱王と呼ばれた高取伊好の迎賓館兼住宅として明治37年に建設されたもの
※「旧唐津銀行」は1912年 明治45年建築

パンフレットは昭和11年(1936年)福岡市で開催された博多築港記念大博覧会という大会の観光客誘致のものです。名からうかがえるように、このイベントは博多港の修築工事(第1期)が竣功するのを記念して開かれました。もちろん工事竣功を祝福するだけでなく、博多港と福岡を紹介し、産業と商業を盛んにすることに博覧会の目的がありました。 
当時大名小路に料亭「綿屋」海士町に「川の家」木綿町 綿屋支店「綿祖」があり、野口雨情作の綿屋川の家音頭小唄 唐津名物またおいでを作詞しております。

登録有形文化財へ登録されました

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旅館 綿屋が11月15日 登録有形文化財に登録された事が文化庁より発表されました。

《綿屋本館》
◆年代 明治後期
◆構造 木造三階建て、桟瓦葺き、寄棟造り
◆概要 炭鉱主 田代政平氏の別邸として明治38年頃に建築され、昭和8年頃旅館として開業現在に至ります。

《綿屋洋館》
◆年代 明治後期
◆構造 木造平屋建て、桟瓦葺き、寄棟造り
◆概要 本館と同じ明治38年頃とされ本館から独立して建てられた洋風意匠に応接室。現在は客室として利用されています。

今後とも佐賀県の観光唐津の温泉の宿とて努力いたします

《登録有形文化財(建造物)とは》
平成8年10月1日に施行された文化財保護法の一部を改正する法律によって,保存及び活用についての措置が特に必要とされる文化財建造物を,文部科学大臣が文化財登録原簿に登録する「文化財登録制度」が導入されました。  この登録制度は,近年の国土開発や都市計画の進展,生活様式の変化等により,社会的評価を受けるまもなく消滅の危機に晒されている多種多様かつ大量の近代等の文化財建造物を後世に幅広く継承していくために作られたものです。届出制と指導・助言等を基本とする緩やかな保護措置を講じるもので,従来の指定制度(重要なものを厳選し,許可制等の強い規制と手厚い保護を行うもの)を補完するものです。

樹齢150年の「槙の木」

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玄関前の樹齢150年の「槙の木」が皆様を
お出迎え致します

会社概要

《 会社概要 》

施設名 株式会社 綿屋
略称(屋号) 旅館 綿屋
代表者名 川添 晃
所在地 〒847-0012 佐賀県唐津市大名小路5-10
TEL 0955-72-4181
FAX 0955-72-4182
メールアドレス info@e-wataya.com
公式サイト http://e-wataya.com
創業 明治15年9月1日(1882年)
本館3階 純和風 木造 和室8室バス付 洋室1室バス付
本館2階 和室4室バス付
収容 個人:61名
一般団体:82名
高校生:110名
小中学生:110名

《 沿革 》

昭和55年12月 改装 旧大広間2階を5客室へ大広間105畳を増築
昭和58年3月 政府登録1880号 昭和58年3月30日登録認可
昭和59年1月 国観連 昭和59年1月1日加盟
平成15年12月 ナトリウム塩化物硫酸塩泉(低張性弱アルカリ性冷鉱泉)のボーリング成功

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